蒼空に近づきたくて

航空業界に生きるアラフォーサラリーマンが航空業界に興味を持ってくれる方々の為に航空機運航に関する豆知識をお伝えしていきたいと思っています。特にニュースとなる航空関係の話題を深堀りし背景等を解りやすく解説するように努めます。航空機運航には多くの「どうして?」が付きまとうので、皆さんの疑問のヒントになれるようなブログサイトを目指していきたいです。

20年以上前の小松空港ならではの光景

昔むかし、まだまだジャンボ機が空の覇権を握っていた頃、当時私はまだ小学生か中学生の頃だと思いますが、祖父や父親におねだりして連れていって貰っていた小松空港で撮ったプリントをiPhoneで撮ってみました。

露出がーとか、構図がーとかは無しにして頂いて、いい時代もあったな、くらいの軽い気持ちで楽しんで貰えたら嬉しいです。

マリンジャンボJr.と小松空港

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マリンジャンボJr.をプッシュバックするトーイングカーは日本エアシステムのものを使用しています。エンジニアはANAのようなので、ANA所有のものが故障し借りているのでしょうかね?

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白山が雪で染まっているので、1993年もしくは1994年の冬に撮影したものだと思ったのですが、ネガをプリントしたら貰えるアルバムにはH7.3と書かれているので1995年3月にしたものですね。マリンジャンボおよびマリンジャンボJr.は1995年5月末までの運行でしたので、ラストミニッツでのタイミングだったのでしょうか。

なお、小松空港航空自衛隊小松基地との共用空港であり、防衛庁(当時)が管理する空港で正式名称は小松飛行場です。したがい、機首の背後には迷彩色のスクランブル用アラートハンガーが並んでいて、いちばん右側のハンガー内にはアラート待機中のF-15が確認できます。本来であれば防衛上の理由で防衛施設をブログ記事に載せることはタブーですが、かれこれ20年以上も前の施設なので問題無いと個人判断に至っています。 

同じフレームにマリンジャンボJr.とブルーインパルスが収まるのも小松空港ならでは

1994年9月4日に小松基地で開催された航空祭には体験搭乗イベントとしてマリンジャンボJr.が飛来し、普段の旅客ターミナルのスポットとは反対側にある航空自衛隊のエプロンに到着しました。当時のブルーインパルス(T-2型練習機)とマリンジャンボJr.のツーショットです。当時中学生だった私の親友の父親がF-15を運用する303飛行隊のイーグル・ライダーだったので飛行隊隊舎の屋上で航空祭を楽しませて貰いました。

なお、T-2型のブルーインパルス小松空港に隣接する石川県立航空プラザ(入場無料)にて展示されています。

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小松基地は官民共用空港なので、当然民間機もスケジュール通りに飛来します。ANAのジャンボのRWY 24からの離陸ですね。

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地方空港だけどJALANAのジャンボが揃う小松空港

裏日本などと揶揄される日本海側の地方空港ではありますが、JALANAもジャンボを投入していた時代がありました。なので、狭いスポットながらも両社のジャンボが並ぶことだってあったのです。1992年3月20日に撮影したものですね。

ANAの機体はどういう訳か写っていませんが、機体登録番号(JA8152)よりジャンボだということが判ります。ちなみにJALの機体登録番号はJA8124です。

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ANA機】

 【JAL機】

小さな航空機たちも小松空港に集う

小松空港に飛来していたのは大型機(B747型機)や中型機(B767型機)ばかりではありません。いわゆるベリー機と呼ばれる小型機も飛来しています。

日本トランスオーシャン航空JTA)の前身である南西航空

南西航空は2パターンのご紹介です。

南西航空のB737型機(JA8492)

下の画像は1991年11月9日に撮影したようですね。ただし機体登録番号は映っていないのでノーズギア・カバーに記載されている番号「92」よりJA8492であることが判ります。今ではJAL塗装に統一されて面白味が無くなってしまいましたが、南西航空時代はレトロな配色でした。

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南西航空のB737型機(JA8282)

垂直尾翼にあった南西航空のマーク「SWAL」が剥がされています。ちょうど日本トランスオーシャン航空へ社名が変更される過渡期に撮影されたものでしょうか。撮影は1994年にされたことが写真裏面の印字で確認できます。

RWY 06手前のHolding Position付近には航空自衛隊のT-33型練習機が写っていますね。

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ANAA320も活躍していました

私個人的にはB737型機よりも丸みを帯びた機体であるA320型機の方が好きです。この写真は1994年にされたことが写真裏面の印字で確認できます。同級生であるANAパイロットから聞いた話によると、彼はA320型機よりB777型機に機種変したものの、小型機であるがゆえに飛行機を操縦しているという感覚があったようです。短距離路線に主に導入されていますし、パイロットの醍醐味であり職人魂が騒ぐ離着陸を多く経験、つまりレグ数を稼げるところが気に入っていたのでしょうね。

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そしてフィナーレはトライスター

PBB(パッセンジャー・ボーディング・ブリッジ)が外れる前と後のトライスターです。3発機だなんてカッコ良すぎます。同じ3発機でもDC-10やMD-11とは異なる丸みを帯びたボディラインが素敵です。撮影時期は不明です、、、。

トライスターの全景写真を撮っていなかったのが痛いです。恐らく当時は小学生であっただろう自分に向かってしっかり撮らんかいと言いたい。

ちなみに3発機は垂直尾翼にエンジンが付いているため重心は後方にあるので、尻もちをつかないように前方貨物室に重量の重い貨物を搭載しバランスをとる必要があります。

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まとめ

幼少時より小松空港へ飛行機を見に連れていってくれた祖父と父親に感謝ですね。今も飛行機のそばで仕事ができるのは彼らのおかげです。時代は変わり新幹線が北陸にまで延伸したため、いまや小松空港は羽田路線でさえB737型機で運航しているくらい旅客需要が衰退してしまいました。一方で航空自衛隊では飛行教導群が宮崎県新田原基地より移駐し小松基地では303飛行隊、306飛行隊、そして飛行教導群のすべてがF-15を運用し爆音を轟かせる毎日を簡単に想像できますが、地域住民と小松基地は関係が良好のようです。それも官民共用空港として民と官がともに協力しあいながら空港を発展させてきたからではないでしょうか。ちなみアパホテルを運営するアパグループ代表の元谷氏は小松基地の支援者であり、また安倍晋三首相の後援会「安晋会」の支援者でもあります。毎日飛行機に囲まれた生活を私が送っていたとしても、地元に帰省し小松空港付近に寄った際は未だに飛行機が飛んでいないかと辺りを見回してしまい、飛行機を見つけたときは興奮してしまいます。幼いころの癖や感覚が未だに離れないのでしょうね。これから益々小松空港が発展し、多くの航空ファンを楽しませくれる場所であり続けますように。

 

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